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不動産の大海原へ。37歳から漕ぎ出して、メガ大家として荒波を乗り越えて【石垣幸造さん】

2019年11月11日

何があっても不動産が好き。多くの人との出会いにも恵まれて

札幌を中心に20棟450室を保有し、家賃年収は4億円弱にも上る石垣幸造さんは、元・船長。サケ・マス漁などの沖合漁業で魚を追うことから不動産賃貸業に転身した。不動産賃貸業を始めてからも、生活の拠点は根室に置き、道内を駆け回る「極東船長」の不動産賃貸業人生をご紹介する。

【公式サイト】
http://info-harmony.com/


スーパー大家ヒストリー

1958年…北海道生まれ

1993年…海難事故を機に船を降り、陸の仕事に就く。株式投資や不動産投資を学び始める

1995年…1棟目の中古アパートを札幌市内に購入

2004年…3棟目にして初の新築アパートを札幌市内に建設

2010年…法人化


海から陸へ。子どもの成長とこれからの将来を考えて始めた不動産投資

私は「極東船長」のニックネームで呼ばれていますが、高卒後、34歳まで、北海道根室市の花咲港を母港に、沖合漁業に携わってきました。春夏はサケ・マス漁、秋はサンマやイカ漁が中心で、24歳からは8人乗りの船の船長も務めていました。ところが34歳の時、海難事故に遭い、船が転覆。そのまま沈没してしまいました。幸い乗組員は皆、仲間の船に助けられましたが、生活の糧となる船を失うことになりました。
もう一度、船を再建することも考えましたが、漁業情勢もあり、陸に上がり、電力会社の集金担当のサラリーマンになりました。地元の根室で手堅い仕事に就けたのですが、当時は次女も産まれたばかり。子どもたちをこの先、大学に進学させることを考えると、心もとない。そこで投資の勉強を始めました。邱永漢氏が「財産と呼べるものは、株と不動産」と書かれていることも、大いに刺激になりました。

そこでまず始めたのが、株式投資です。最初はうまく行きました。儲かるので資金をどんどん投入しようとしたところでアウト。手持ちの半分をつぎ込んだところで、マイナスがかさむようになり、株式投資からは手を引きました。
次に手掛けたのが、不動産投資です。地銀のアパートローンは3割の自己資金が必要で、年収も決して高くなかったのですが、それまでの実績を考慮してもらえました。それが1995年、37歳の時。札幌の築5年の中古アパートに3,700万円の融資を受けて購入しました。金利は4.5%です。船の建船には8%もの金利がついたことを考えると、住宅金利は低いな、という実感がありました。

当初の計画では、毎年1棟ずつ購入する予定でしたが、なかなかいい物件に出会わず、2棟目は3年後の1998年。札幌の築10年の中古アパートです。家賃保証物件として建てられた売れ残り在庫物件で、残り物とは言うものの1棟目よりは好立地なのが購入の決め手になりました。何せ1棟目は、不動産投資に対する深い知識もなく、道内の大手不動産会社が仲介している物件だから安心という程度の意識で購入。実際には地下鉄駅からも遠く、入居者集めにも苦労しました。そこで2棟目は立地を考慮。1棟目の経験を生かし、一つステップアップできたと思います。ただ家賃保証は購入から5年目で減額され、8年目には打ち切りに。おしゃれな内装にリフォームし、近隣の不動産会社に積極的にPRし、条件を見直しました。その成果もあり、女性に人気物件となり、満室にすることができましたが、不動産業界の理想と現実についても、大いに学ぶところがありました。

伝説的な不動産営業担当者との出会いが、視野を広げた

1棟目は毎月7万円程度しか残らず、2棟目は途中の修繕費もかさむ状態で、私の不動産賃貸経営は順風満帆とは言えませんでした。そんな私の様子を、1棟目からお付き合いがあったクロス屋さんが心配してくださり、紹介されたのが、ある不動産会社の元営業マンで企画会社社長です。この方は札幌の不動産業界では伝説的な人物。クロス屋さんからは「毒にも薬にもなる劇薬のような人」と紹介されました。1棟目の購入から9年目、2004年のことです。

実際、初対面の時から私はその強烈な個性に圧倒されました。初対面にも関わらず、待ち合わせ場所を近隣の別の場所と間違えていたのですが、それを詫びることもなく、ガンガンとセールストークを始めます。本来なら、失礼で厚かましい人物に見えそうですが、人の心をグイッとつかむカリスマ性があり、思わず引きつけられるのです。結果として、私はこの元営業マンだった社長のプランに乗り、初めて土地から取得して新築のアパートを建設。総投資額は7,500万円で、借入額は6,800万円。金利2.75%の20年ローンを組み、400万円のキャッシュフローを得ることができました。これまでのマイナスを一気に解消できただけでなく、この元営業マン社長のやり方をつぶさに見たことが、私に新築案件への道を開かせてくれました。

1棟目、2棟目の経験から、中古では儲からないという印象がありました。当時は子どもの学校の関係などから、根室主体の生活を続けていました。インターネットもまだ普及していない時代のことなので、札幌にいい物件が出たと連絡をもらっても、根室からではどうしてもタイミングを逸することも。また札幌の土地勘も少なく、十分な吟味もできません。とはいえ、札幌は道内一の大都会。魚がいるところに行かないと漁ができないのと同じで、不動産ビジネスをするのなら札幌が最適地だと考えていました。それが3棟目の経験により、新築なら時間や距離に急かされることなく、根室からでも取り組めることを知りました。その後、私は新築と中古を取り混ぜて、状況にあった対応を行うようになりました。 ただ、この伝説的な元営業マン社長とのお付き合いは3棟目だけで終わりました。その後、彼は不動産ファンドに乗り出し、ファンドバブルの憂き目にあったことを風のウワサで知りました。また、彼から崖の上のようなとんでもない土地を紹介され、その気になり、その後、大変な思いをした人の話も聞きました。「毒にも薬にもなる劇薬のような人」というのは、まさに言い得て妙であったことを、今さらながらに思います。

事業として自分の存在意義を明確にし、法人化へ

根室を生活の主体としていた頃、私は昼間、電力会社の集金業務をし、早朝には親戚の定置網漁を手伝い、不動産の物件があれば、札幌に出向くという3足のワラジを履いていました。根室-札幌間は430キロメートル。夜10時の深夜バスで根室を発つと、朝6時には札幌に着く、そんな距離感です。

傍目には大変そうに見えたかもしれませんが、私は不動産の仕事が好きでした。間取りや設備をあれこれと考えるのはもちろん、入居者や管理会社、リフォーム会社、不動産会社と関わりあえるのは、自分の事業としての存在意義を感じさせてくれました。他者との繋がりの中に自分がいる。新築物件でも中古のリノベーションでも、設計者や工事担当者と一緒に仕事をすることで、新しいモノが生まれる手応えも実感できました。これが株式投資であれば、自分への投資だけで終わってしまい、他者にお金が回ることはありません。お金以外に世界が広がることもないのではないでしょうか。

だから私は、管理会社も自分と一緒に考えてくれるタイプの会社が好きです。1~2棟目は自分で管理しており、3棟目から管理会社に頼むようになりました。そこは紹介された会社でしたが、「自分たちにすべて任せてください」というタイプでした。すると自分からは見えないブラックボックスな部分ができてしまいます。私はこれがとてもイヤでした。例えば空室が出た時に、「近隣の相場は××くらいだから」とか、「今は閑散期だから」と、話し合いたい。そうすることで大家としてのスキルを上げることができます。最初にお願いした管理会社は、そういうタイプではなかったので、3年後に変更しました。

そうやって事業としての体裁が整ってくると、個人融資の3億円の壁が立ちはだかるようになりました。3億円までは団体信用生命保険付で借りられるのですが、それ以上になると、「個人事業で年間1,500万円もキャッシュフローがあれば、もう十分では?」というチェックが入ります。その一方でプロパーローンの場合、金額の制限はありませんが、「根室に住んでいるのに、なぜ札幌の物件なのか」「管理はどうするのか」など、事業としての姿勢を問われることになります。

そこで考えたのは法人化です。私は同じ北海道で「スーパーカー大家」として活躍する佐藤元春氏と仲がよく、一時期は会えば一日中、不動産の話をしていました。個人融資で行き詰まっていることを彼に相談してみると、最初から法人を立ち上げて、事業を進めていた彼は、個人融資にありがちな壁を感じることがなかったのです。

そこで2010年、札幌の所有物件を利用して法人登記し、将来は札幌で拡大するという旨の投資計画を策定。この計画を佐藤氏から紹介された金融機関に受け入れてもらい、法人化することができました。その後、実績を作ると、他の金融機関も話を聞いてくれるようになり、融資額を増やすことができました。住まいが根室にあることに難色を示す金融機関もありましたが、札幌と頻繁に行き来してコントロールしていることがわかると、理解を示してもらえました。
こうして法人としても安定し、2013年、55歳で不動産賃貸専業となったのです。

「極東船長プレゼンツセミナー」を通じて、不動産投資家を応援

不動産賃貸業を始めて、かれこれ四半世紀近くも経ってしまいました。その中で一番楽しいのは、大家さん仲間とのコミュニケーションです。不動産が好きな者同士が集まり、飲み会をしたり、ゴルフコンペをしたり。何だか陽気に盛り上がっています。自分よりもずっと若い人がガンガン頑張っている姿を見るのも頼もしいし、まだまだこれから、という人がもがきながらやっていくのも応援したいと思います。

そんな気持ちが高まって2017年から始めたのが「極東船長プレゼンツセミナー」です。不定期ですが、年に3~4回、全国各地で活躍する大家さんの中から講師をお願いし、札幌でセミナーを開いています。私もその人の話を聞いてみたいと思うし、きっと集まる皆さんにとっても興味深い話であるはず。また、大家さん同士が助け合える場にもなれば、と思いました。セミナーを始めてみると、参加者の6~7割が常連さんで、ありがたいことに日本全国から集まっていただいています。北海道を楽しんでもらえれば、地域経済にもささやかな貢献ができます。

実は北海道にはユニークな大家さんが多いのです。その一人が先述のスーパーカー大家として名をはせ、数多くのスーパーカーを保有する佐藤元春氏。彼は、ホテルやサ高住の運営にも手を拡げ、事業家として活躍中。お金を稼いで、世の中のために使っている凄い人物だと思います。また、インターネットラジオvoicyで「加藤ひろゆきのオールナイト大日本 図面舞踏会」を発信している加藤ひろゆき氏もいます。加藤氏の番組は、私も根室~札幌の移動中によく聞きますが、ラジオDJが天職かと思えるほど、面白いので、ぜひ聞いてみてください。

さて、近年、サラリーマン大家は融資がつきやすい、いい時代が続いていましたが、ここに来て一転。冬の時代と言われています。厳しさを実感している人もいると思いますが、私の経験からすると、7~8年もすると、また情勢が変わるのではないかと思います。

そして融資が厳しい時代に始めたほうが確実に大家としての実力が付きます。私も始めてから10年近くは融資が厳しい時代が続きました。でもショートカットで成功しようとは思わなかった。あの頃のいろいろな経験が、今に生きていると思います。

不動産業界は、実はいろいろな思惑が動く世界。中にはオイシイ話を持ってくる人もいると思いますが、その真意を見極めるのも実力のうち。判断まで他人に委ねるのは失敗の元です。私もそんな経験を生かしながら、還暦をむかえ、もう少し頑張ってみようと思っています。


明日から真似したいスーパー大家の裏技

小さい失敗から学ぶ

大きな失敗をすると立ち上がれなくなりますが、小さな失敗なら、それをカバーしたり、次はどうしようかと改善することから学べます。そのためには、最低限、自分が投資するエリアの家賃相場くらいは頭に入れて臨むこと。私の場合は、札幌中心部に投資エリアを絞り、家賃相場や地域のニーズを理解していました。そうすることで失敗は抑えられます。

現地調査の重要性

ポータルサイトから物件の空室数や広さ、単価は拾えますが、それだけに頼らないこと。街並みや周囲の環境、夜道の明るさは現地調査をしてみてはじめてわかります。私も根室から札幌に通いながら、中古物件を探していた時に欠けていたのは、その部分でした。

若いうちから取り組む

25歳から始めて、30年ローンを組んでも、55歳の時には返済し終わります。その間、コツコツと借金を返していけば、不動産賃貸で失敗する可能性はほとんどありません。今の自分から見たら、若いうちから始めれば、それだけで勝ったようなもの。ぜひ若い人にも臆することなく、不動産投資を始めてほしいと思います。

自分以外でも運営できる物件を選ぶ

これは個人差があり、ボロボロの物件を再生したり、田舎の物件でも入居者を集められる力がある人もいます。ただ、私は、万が一自分に何かあり、子どもに託すようなことになっても、面倒を残さない物件を選んでいます。それは自分の父親が残した土地が辺鄙な場所で、住宅地にもならず、売ろうにも売れない経験があったからです。自分の子どもにはそんな経験をさせたくないと思います。

※本記事は掲載時点の情報であり、最新のものとは異なる場合があります。予めご了承ください。

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